雑記

野村克也の死去して残る名言・ボヤキ・ささやきは?ID野球で選手監督時代の経歴は超一流!

南海ホークス、ヤクルトスワローズ、阪神タイガースで監督をつとめていた野村克也氏が2020年(令和2年)2月11日午前3時30分にお亡くなりになりました

年齢は84歳でした。

野球をあまり見ない僕でも良く知ってて、テレビ番組でも良く見かけたものです。

死因は野村克也氏の愛妻、沙知代さんと同じ「虚血性心不全」だったとのこと。
沙知代さんは2017年12月8日にお亡くなりになられてから、ショックもあってか元気がなかった印象が強いです。

野村克也氏の死去に息子野村克則氏のインタビュー

ID野球の第一人者。

野村克也氏の代名詞といえばボヤキ。
他にも名言やささやきなんかも有名ですよね。

選手時代や監督時代の経歴も含めて紹介させていただきます。

野村克也氏が残した名言・ボヤキ・ささやきは

野村克也氏が残した言葉には全て意味がある。
名言は、意味を考えると本当に
ぼやきは一見ネガティブな感情に見えるが、次へ行こうとする意欲。
ささやきは、ささやかれた選手しか分かりません!!

野村克也氏の名言

全盛期を過ぎ、落差に耐えつつ、必死にやる、なんてことを惨めと感じる人はいるでしょう。ところが、僕はそうは思わないんですよ。なりふり構わず、自分の可能性を最後の最後まで追求する。そのほうが美しいという、これは僕の美意識です。

「叱る」と「褒める」というのは同意語だ。情熱や愛情が無いと、叱っても、ただ怒られているというとらえ方をする。

心が変われば態度が変わる。態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる

野球は技術力には限界がある。その先は頭で考えるしかない。そこから先がプロの世界なんだよ

ナポレオンは「人間を動かす二つのテコがある。それは恐怖と利益である」と言った。私はこの二つに「尊敬」を加えたい。リーダーは「利益と尊敬と、少しの恐怖」で組織を動かしていくべきで、その潤滑油が「笑い(ユーモア)」だ。

好かれなくても良いから、信頼はされなければならない。嫌われることを恐れている人に、真のリーダーシップは取れない

京都の片田舎にある無名校から、十把一絡げのテスト生として入団した私は、最初から努力以外にこの世界で生きる術はないと分かっていました。だから連日連夜、誰よりもバットを振りました。3年目でレギュラー、翌年にはホームラン王になれたのも猛練習のおかげです

私自身のバッターとしての才能は、はっきりいって二流でした。打率でいえば、いいとこ2割5分です。けれども、戦後初の三冠王をはじめとして残した結果は一流だと自負しています。何故そんなことができたかというと、人の何倍も努力したからです

「どうするか」を考えない人に、「どうなるか」は見えない。

重荷があるからこそ、人は努力するのである。重荷があるからこそ、大地にしっかりと足をつけて歩いていける。

「恥ずかしい」と感じることから進歩は始まる。

失敗の根拠さえ、はっきりしていればいい。それは次につながるから。

ちっぽけなプライドこそ、その選手の成長を妨げる。

自己を過大評価した瞬間から、思考の硬直が始まる。

どうやったらライバルとの競争に勝てるか考えたとき、1日24時間の使い方の問題だ、と思った。

不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば器用な人間より不器用な方が、最後は勝つよ。

敵に勝つより、もっと大事なことは、常に自分をレベルアップすること。

野村克也氏のぼやき

ボヤキは永遠なり

愚痴は「不満」を表現するもの。ボヤキは「理想と現実の差を表現するもの」

ワシは支配下選手やからな

今日の負け投手は野村です

オレの人生2番ばっかり。それでいい

誰かあした白い紙と筆ペン買ってきてくれ。何を書く? 辞表!

捕手でボヤかないヤツは信用しない。ボヤキだして一人前

王は私のささやき戦術をちゃんと聞いて会話もしてくれたが、すぐに集中力を高めて打席に挑んだ。長嶋は何をささやいても見当違いの反応が返ってきてさっぱり心が読めなかった

人には理想や欲望がある、しかし現実はうまくいかず歯がゆい思いばかり。ボヤキは高いところに登ろうとする意欲の変形だ

監督をやめると急に年賀状が減るもんなんや

野村克也氏のささやき戦術

ささやき戦術と言えば野村克也さんですね。

独り言をつぶやくような、問いかけているような、どちらともつかいない調子で言葉を発し続け、他の人の気を散らすという心理作戦のことです。

ヤクルトスワローズで捕手時代に得意としていた戦法として有名でした。
話しかける選手ごとにネタを準備していたんでしょうね。
そのあたりもID野球です。

野村克也氏の経歴

氏名 野村 克也
生年月日 1935年6月29日
血液型 B型
出身地 京都府
身長・体重 175cm/85kg

京都府立峰山高校を卒業し、1954年にテスト生として南海ホークスへ入団

歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王などその強打で数々の記録を打ち立て、不動の正捕手として南海ホークスの黄金時代支えました。

ロッテオリオンズ、西武ライオンズの現役27年間にわたり球界を代表する捕手として活躍されました。

監督としては、ヤクルトスワローズでは「ID野球」で黄金期を築き、東北楽天ゴールデンイーグルスでは球団初のクライマックスシリーズ出場を果たすなど輝かしい功績を残しました。

阪神タイガース、シダックス硬式野球日、東北楽天ゴールデンイーグルスの4球団で、他球団で挫折した選手を見事に立ち直らせ、チームの中心選手に育て上げる手腕は、「野村再生工場」と呼ばれていました

他にも下記のような輝かしい経歴をお持ちです。

選手出場試合数歴代2位
通算本塁打数歴代2位
通算安打数歴代2位
通算打点数歴代2位
通算打席数歴代1位
通算打数歴代1位
通算犠飛数歴代1位
ベストナイン19回受賞で歴代1位

球界からの反応は

ダルビッシュ有氏

田中将大氏

そして、愛弟子の古田敦也氏

「ID野球という言葉があるが、野球は頭を使えば勝てるんだ、ということを教えてくださった方。おかげで、弱小チームが1990年代に強くなった。もちろん今でも野村さんの考えには影響を受けていますし、正しいと思っている。これを継承して次の世代に伝えていくのが僕たちの仕事だと思う」

まとめ

野村克也さんの残した功績ははかり知れませんね。
謹んでお悔やみ申し上げます。

沙知代と一緒に安らかに。

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nakasete
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